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「35R」の方々に送る、HR/HMリスニング復活講座 その1

 えーっと、今日書く日記は、全部嘘日記です。(嘘)

 嘘の嘘で本当。以上、エイプリールネタ終了。

 本題。

 なにやら仰々しいタイトルですが、昔聞いてたけど最近のHR/HM(ヘヴィメタル・ハードロック)シーンって一体どうなってるの?って思ってしまった僕の、今まで調べてきた調査結果を、どうでも良いと思われる僕の音楽趣味の変遷と共に同期させて、リポートします。

 前半は基本、僕の昔話です。しかも無駄に長文。
(こんなの書いて良いのだろうか。読んでくれるのだろうか。)

1.80年後半の僕とHR/HM(つまり高校時代)

 僕が初めて聞いた洋楽はU2でした。高校のとき友達に借りた"The Joshua Tree"です。(1987年リリース。当時16歳か)一曲目の"Where The Streets Have No Name"に大変な衝撃を受けてしまい、そこから洋楽の虜になってしまいました。遡ってCDを借り(レコードだったかな?不明。)、しばらくはU2ばっかり聴いていた気がします。

 あるとき、近所だった幼馴染が、だんだんと長髪になり始め、どうもヘビーメタルと言うものを聴いているらしいという話を聞き、その友達の家に遊びに行きました。

 そこにはエレキギターがスタンドへ大事に鎮座してあり、アンプがありました。最近バンドをやってるんだよ、と友達は言います。どうも"RATT"をはじめ、LAメタルのコピーバンドをやってるようでした。ここで初めてヘビーメタルと言うものに出会います。

 初めて聴かされた印象はただうるさいだけの音楽。また、その友達が不良っぽかった事もあり、「ヘビメタ=不良」と言うイメージがマッチしてしまい、そのときはあまり惹かれませんでした。(余談ですが、その時、喫煙と飲酒がその友達の家では常にセットでした。喫煙を半ば強制的に勧められ、最後には断りきれず逃げてきました。その思い出からか、それ以来、一度も喫煙したことが無いです。)

 しかし、それから少し経ち、ふと思ったのです。U2では刺激が足りないと。たぶんそのときに聴いたハードな音楽が頭に残っていたのと、若さゆえの衝動だったのだと思います。その友達の家に行ってから数ヵ月後、その友達には全く内緒(自分の中で、不良の仲間入りしてしまったと言う罪の意識があったと思われる。純な高校生でした。)で、CDを借り始めます。確か初めてハードロックと言う物を自力で借りて聴いたのは、"Ozzy Osbourne"の"BARK AT THE MOON"だったと思います。ここで微妙にLAメタルを避けてるのがミソです。

 これを初めて聴いたときの衝撃と言ったら無かったです。「ジェイク・E・リー」のファンに即なってしまいました。それから、オジーのアルバムを全てさかのぼり、ランディ・ローズが既に死んでしまっていた事を知り、悲しみました。

 その次はアイアン・メイデン、ホワイトスネイク、ヨーロッパ、スコーピオンズ、ハロウィンと微妙にLAメタルを避けながら音楽を聴いていきます。ギターマガジンを毎月購読し始めて、ギターが欲しいなぁと思ったのが、高校3年の頃です。そのとき始まった、イカ天(いかすバンド天国)の影響もありました。音楽的には、遅咲きの春です。

 そして始めてギターを買いました。フェンダーのテレキャスター廉価モデルでした。なぜテレキャスターだったのだろうか。思い出そうとしてますが、未だに謎です。

 ギターを買ってから色々な曲を練習するべくようやくLAメタルあたりも聴き始めるようになりました。RATTや、ガンズ、モトリークルーなどなど。どこにも聞かせるワケじゃないのに、RATTとかアイアンメイデンを練習してました。アイアンメイデンが初心者には弾きやすかった。ラットもまーまー初心者向け?

2.90年初頭の僕とHR/HM(1990?1993年あたりまで、つまり大学時代。)

 僕が一番足繁くCDショップに通いCDを買っていたのはこの時期でした。学生である程度時間はあったので、大学の同じ科の仲間内でおちゃらけたバンドをやり、家では、暇さえあれば取り立てて上手くも無いギターをいじって、友達の家で4トラックのMTRに録音していました。MTRでのドラムは打ち込みです。あのテープ、まだ家にあるかな。もう無いだろうなぁ。もしあったら、赤面すること間違いなし。

 ギターマガジンを毎月購入していた影響で、ギターのインストも好きになり、スティーヴ・ヴァイやジョー・サトリアーニなんかも聴くようになります。スティーヴ・ヴァイに衝撃を受けたのは過去の日記の通りです。ギターマガジンに付いてたタブ譜のみを切り取って、豆にバインダー化なんてのもしてましたよ。とにかくギターに夢中でした。

 ここで、テレキャスターのシングルコイルピックアップではあまりにもチープなので、もう一台ギターを買いました。ジャクソンのハムバッキングピックアップのギターです。ディストーションさせたかったし、アーミングもしたかったし、テレキャスターじゃいかんせん力不足です。ジャクソンにしたのは、ランディ・ローズの影響です。しかし、フライングVはいくらなんでも恥ずかしく、また座って引くのには不向きなので、ノーマルな形を選びました。

 当時、結成したバンドは、どこかに披露する予定も無いのに、単なる趣味的な感じでスタジオを借り、練習したりしてました。バンド構成は、男2人、女2人と言う構成でした。なぜかドラムは女性。当時、ドラムの需要は多いけど、供給がものすごく少なかった。ちょっと叩けるよって話から、成り行きでドラムに女性抜擢。

 曲は日本のコピーバンドです。主にプリプリと、ユニコーン辺り。これは飲み会への口実と、まぁ、恋愛ごっこも兼ねてました。名前は別れたばかりの男性と女性も居たので、「アローンズ(仮)」って名前でした。懐かしい青春の1ページです。(びみょーに表現が古い)

 記憶によると確か、そのスタジオにはネネもたまに来てたんだよなぁ。遊びで。別に付き合ってなかったけど。当時、JR組と東上線組がそのまま帰れるように、朝霞台のレンタルスタジオを借りてました。ネネよ。覚えているかい?

 そのおちゃらけバンド「アローンズ(仮)」は4年になり研究室に入った為、何かと忙しくなり自然解散してしまいまいた。

 HR/HM的には、LAメタルブームがそろそろ終わりを告げ、スラッシュメタルが変わって台頭してきます。僕はメタリカより断然メガデス派です。 "RUST IN PEACE"の"ハンガー18"に、オジー級の衝撃をまたもや受けてしまいました。(衝撃を受けてばかり)なので、マーティ・フリードマンは今でも大好きです。日本でちょくちょく見れるのがうれしくて仕方が無い。

 まぁでも、メタリカ、メガデス、スレイヤー、アンスラックスは分け隔てなく全て聴きました。

 スラッシュメタルの裏で、「デス・メタル」ってのも日本に入ってきます。パンテラあたりがデスメタルとスラッシュメタルの境目くらい?パンテラの初期の頃は聞いていたのですが、デスメタルが台頭してくると、ボーカルからメロディ性が消失してしまい、またリフも至極単純に思えて、こっちの方向を追いかけるのがあまり楽しくなくなってきました。

 というわけで、むちゃくちゃ長く、しかもほとんど昔話ですが、書ききれないので次回に続く。

 次は1994年からです。

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